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布・染み染み−福本繁樹作品集 FUKUMOTO Shigeki: Rozome-Collected Works 1989-1998
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布はそのままで美しい 作品集掲載エッセイより |
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ほぞ |
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「襲(かさね)」「包む」「裹む」「匚と凵」など、「奥」を演出する日本の文化を制作の主題としていたのは、もう十年以上前のことである。当時ふと自ら気づいたのは、幾重にも「かさねる」ことを主題としながら、その画面構成は一貫してパターンを「かさねない」方法をとってきたことだ。まるで象嵌のように、パターンとパターンの間にわずかな隙間をあけて、画面上にモチーフをかさねず構成する。このこだわりはいったい何を根拠とするものだろうと自問する。 |
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「襞」と「壁」 |
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しなやかな布は「襞」をたたえる。壁面作品は「壁」の付属物である。平面作品をつくる過程で「襞」を失った布が「壁」へと再生する。「襞」と「壁」の違いは「衣」と「土」にある。「衣」と「土」の違いは、つつむとさえぎる、軟と硬、ニコ(柔・和)とアラ(荒)で、双方は対照的な触覚性を示す。 |
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壮大な直線との遭遇 |
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私の作品には、一条の白い光を水平にめぐらしたものが多い。1991年、麻布美術工芸館での個展に「風神・雷神」の大作シリーズを展示した。展示室の四面に幅7メートルの作品4点を配置すると、作品の白いぼかしが四面につながり、まるで遠くにながめる水平線のように見えた。このとき、かつて南太平洋で体験したある事件が「原体験」として脳裏によぎった。それは壮大な直線との遭遇である。 |
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布象嵌 Shredded Message |
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布を染め、和紙で裏打ちして切り刻み、それぞれを突き合わせて貼って再構成した、染色布切り嵌め表装。三浦景生氏はこの種の手法を屏風に用いて、自ら「布象嵌」と名付けておられる。そのモザイク構成はパッチワーク、キルティング、切り継ぎ、袈裟などに似る。また私の作品は、糸のように細長く切った布の再構成が、裂織、平箔(箔糸)、やたら絣にも似る。 |
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こまぬき・ふきよせ・あや・くったく・ |
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これらは Shredded Message
の小作品シリーズの主題である。染色で取り組むことのなかった極小作品を、布象嵌の手法でさまざまに展開した。過去に染めた布を引っ張りだし、新たに布を染め、手当たり次第和紙で裏打ちして切り刻む、部屋いっぱいに散らかした蓄積した材料を目の前にイメージを膨らませる。 |
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裏彩色 |
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布には裏と表があることを、私はしばらくわすれていた。そこで染色の作業工程で布を裏返して、裏からさまざまな仕事をはじめた。裏から熱したコテで表のロウを溶かしたり、濃色で染めたりすると、裏と表はまったく違った染色効果となる。これを表装すると、透明性のある布の表面にうっすら裏面のパターンが現れる。まるで布の数センチむこうにもう一枚の布があるように、わずかな厚みの布が、大きな厚みとなって見える。日本画の絵絹などでも試みられる、一種の「裏彩色」である。 |
布を染める
私は「染める」ということに特別なこだわりをもって、ろう染で制作をつづけてきた。しかし私の作品は、一見染色に見えないらしく、いまだに顔料やスクリーンプリントの作品だと誤解されることがあるらしい。染色の専門家にもそう思われることがあるのだからやっかいだ。染色独自の可能性を追求してきた仕事が、結果的に染色と思われないとすれば皮肉なことである。私の作品はまぎれもなく染色であり、ろう染だからこそできる仕事なのだから、誤解があろうが頓着するつもりはない。しかしすこし説明させていただこう。私が考えてきたこと、やってきたことを話すことは、誤解を正すとともに、私の視点についての説明にもなりそうだから。
私は大学で6年間西洋画を基礎から学んだ。そして19歳のときから着物を染めだした。父親が病気で臥せってしまったので、父親のかわりに家業をやるハメになったのだ。つまり生業(プロ)としていきなり本格的な染色に取り組んだ。そして西洋画と染色の性質がまったく違うことに気づく。
たとえば西洋画の場合、カンヴァスに油絵具を塗ると、放っておいてもそのままの形と色で仕上がってくれる。しかし染料を布に塗っても、そうはいかない。染料は布全体に浸透しようと滲みだすし、染料を固着処理しなければ水洗によって色が流れおちてしまう。また濡れた染料の色は、乾燥した色に変化し、透明な染料は減法混色となって下の色と混ざってしまうので、自由な配色ができない。つまり形も色もコントロールが困難で、やみくもに仕事をしても、仕上げがどうなることかわからない。そのため染色には専門の知識や、経験を積んだ技術が必要となる。
このように染色は何かにつけて難点が多い。表現に制約があり、工程の手順をふまなくてはならず、失敗しても消しゴムが使えず、上から描きなおすこともできない。不自由で、めんどうで、難しい。おまけに体力的に厳しい仕事である。引染めの場合、水平に張った生地に対して及び腰で機敏に作業しなければならない。汗だくの重労働だが、汗のしずくを一滴でも生地に落とせばたいへんである。自由に、また楽に絵を描きたいのなら、染料を使うほどワリの合わないものはない。
染色は、布の特性を損なわずに、布に着色、施文する必要から行うものである。だから着物など、布を素材とする実用品には染色の技法を用いねばならない。しかし布の実用よりも、自由な芸術的創作を優先するなら、そのために開発された油絵具やアクリルペイントを用いるほうが容易である。
私の場合は、着物を染めるために何の疑問もなく染色にたずさわり、いろいろな技法を試みてきた。染色技法では自分の表現に限界があると感じたら、いつでも油絵を描けばいいとも考えていた。しかし大学を卒業してから今日まで、結局まだ一枚も油絵を描いていない。着物ばかりでなく、自分の芸術的創作のためにも、ワリが合わない染色が逆におもしろかったのだ。
染色のおもしろさは、制作のプロセスのなかで自分の表現の可能性を開発できることだ。表現のためのメディウムにはいろいろあるが、私にとって、素材の生理は殺すものではなく、生かすものである。技法や、制作のプロセスは克服するものではなく、開発するものである。だから私は油絵に興味を抱かなかった。作者のコントロールの簡便さを優先して開発された油絵具は、素材の生理や制作工程のなかに発見できる可能性を犠牲にしてしまったものだと考えるからである。
しかし染色で制作をはじめてしばらくすると、欲求不満が高まってきた。それは油絵のように、自分の発想や感情を直截に画面に定着できないもどかしさからである。自由な表現でデザインしても、それがそのまま染色の下絵にはならない。染色のデザインには技術的裏付けや制作工程の計画性が必要で、行き当たりばったりの作業では、まず成功しない。ちょうど建築のように、設計図にしたがって作業を進めねばならず、途中で気が変わったり、新たなエモーションやインスピレーションがわいても、それは次の作品のためにとっておくか、さもなくば忘れてしまわねばならない。計画どおりすすめねばならない染色作業は、アドリブがきかず、機械的で窮屈な仕事となる。
伝統的な工芸技法は、分業量産のために確立されたものが多い。「手作り」の作品といえば一点一点違った趣きがあると考えられるが、それは未熟な技術か粗雑な仕事によるものであって、熟練を極めた職人芸は機械のように正確な仕事をする。手作りの時代でも、機械の時代でも、いいものを安く量産せねばならないのが経済の常識だから、手仕事に機械的な分業量産の技術が開発されるからだ。このような分業量産の伝統技法のマニュアルを、そのまま現代の一品、一貫制作に用いるのは矛盾したこととなる。
また、確立された技法のマニュアルを忠実に習得することは、熟練の技術を身につけるとともに、そのマニュアルにがんじがらめになることでもある。マニュアルは、完成されたものであればあるだけ、その変革を拒絶する力をもっている。しかし私は、自身の現代造形のために、熟練の技術とともに、既成のマニュアルの改革を必要とした。
私は、制作工程にアドリブの仕事をいかに取り込むかを考えた。そして形の構成と制作工程を計画的なものとするが、色彩とテクスチャー効果をアドリブでやる方法を考えだした。つまり配色とろうを置く作業を、画面に向かってぶっつけ本番ですることにした。行き当たりばったりでやるのではない、アドリブの効果が、どのような状態となって仕上がるかを読みつつ、作業をすすめるのである。そのためには、十分な試作が必要となる。この方法で成功する解決策は、ただひたすら作品の数量に取り組み、経験による勘を養うことである。「読み」を可能とする冴えた直感、発想、集中力、エモーションなどが備われば、制作工程のダイナミズムを味わいつつ、微妙な配色効果とテクスチャーによる表現を可能とすることができる。その場に独自の風情や気韻といったようなものを、結果的に引き出すことができれば成功だ。
既成の技法のマニュアルを解体し、自分自身の技法に構築しなおす。この方法によって染色の新しい可能性を広げ、そこに自分の世界を求めようとする。これが私の取り組みの基本である。そのために、さまざまな手法を試みてきた。たとえば、ろう染めに孔版を用いたり、金属的でシャープな構成を試みたり、重ね染めの色彩効果の限界を破る配色や、光を感じさせる明暗の対比効果を工夫したり、あるいはレリーフ構成、布象嵌などである。モノにならず未成功に終わった試みも多い。